初めての中国

2002-10/11〜2002-10/17

ゆっくりと時が流れる桂林

 日本との歴史的繋がりも強い上、すぐお隣なのに中々行けなかった国[中国]。もっとも一般的なコースを辿る旅ながらやっと実現した。

残念な事にデジカメトラブルで最初の3日間(北京、西安)の写真が消失してしまったので、不足分は同行した息子がコンパクトカメラで撮った写真をスキャナーで読み込んで補充しました。


2002-10/11(金)

成田空港を午後発った中国国際航空CA926便は3時間半のフライトで薄闇迫るころ北京空港に到着。早速夕食を食べにレストランへ。機内食を食べた後なので軽食をと言う事だったが、出るわ出るわ次々に料理が運ばれてくる。味も申し分なく、こんな事なら機内食に手をつけるんじゃなかったと後悔するも後の祭り。出てきたメニューの半分も食べられなかった。
食後、王府井(ワンフーチン)散策。広い歩道に食べ物を売る屋台が延々と続く。その前は屋台で買ったばかりのものを食べながら雑談している人々で溢れ、これが中国と言う感じである。
散策後、今晩の宿「北京飯店」へ。北京の街はスモッグに覆われ街のネオンも闇の中にぼんやりと見える。その中に現れた巨大な建物、それが北京飯店だった。


2002-10/12(土)

早朝7時半に天安門まで徒歩で向かう。朝もスモッグが濃くて近くのビルは霧にかすみ太陽もぼんやりとしか見えない。ガイドに聞くと北京の朝・夕はいつもこんなものだと言う。土曜日のせいか自転車の隊列も思ったほどではないが、信号無視がはなはだしいので青信号でも安心して交差点を渡れない。
天安門広場は想像どおりの広さだがそれにもまして観光客が多い。海外からの観光客だけでなく中国全土からも大勢の人々が集まってきて、さながら祭りのようである。
天安門の反対側はかつて紫禁城と言われた故宮である。72haの敷地に700を超える建築物、部屋数9000以上と言う世界最大級の宮殿で現在は博物館になっていている。展示品の数は台湾の故宮博物館には及ばないが、故宮博物院の見所は展示品ではなく建物自体である。600年も昔に建てられた壮大な建物は幾ら進んでも奥へ行き着けないのではと思わせるほどの広さである。最初のうちは一つ門をくぐるたびに感嘆して写真を撮っていたが、進めども進めども次の門が出てきて、その内にカメラを構える気力も失せてしまった。

天安門 天安門広場からみる人民大会堂
故宮博物院 歴代の皇帝が座った椅子

故宮博物院を出て、昼食に広東料理を食べた後万里の長城へ。秦の始皇帝時代に構築された長城は世界最大の建築物と言われシルクロードまでもつながっていたが土盛りで作られた部分は風化してかろうじて面影を残すのみとなっているらしい。北京に最も近いのが八達嶺長城で、なだらかで長い女坂と急峻で短い男坂のどちらを登るかの選択を迫られる。女坂では長城の写真を撮る時に逆光になる上に頂上の位置が男坂より幾分低いので、眺望が良いだろうと男坂を選んで登ったがこれがまた大変。階段と坂道であるが坂と言っても普通なら階段にするだろうと思われるほどの勾配で、直線的に登山する感じである。昔の兵士は鎧を着て武器を持った状態でこの坂を走りまわったと思うと驚きである。

万里の長城 尾根伝いに延々と続く万里の長城

万里の長城の次は孔子廟と首都博物館を見て、「全聚徳」にて北京ダックの夕食。テーブルごとにコックが付いて、すぐ脇で切って食べさせてくれる。食後は観劇と言うので京劇が見られるのかと期待して行ったが、京劇とは比べようもない踊りで興ざめ。若干気落ちして昨晩と同じ宿の「北京飯店」へ。


2002-10/13(日)

朝5時半にホテルを出発し、中国国際航空CA1215便で西安へ。9時半過ぎに西安空港へ到着。まだ新しい空港だが、北京オリンピックにあわせてもっと大きな新空港を建設中らしく、この空港の役目ももうすぐ終わりらしい。午前中は玄宗皇帝と楊貴妃の冬の離宮「華清池」へ。温泉が出るところで玄宗皇帝や楊貴妃が入った浴槽が保存されている。四川料理の昼食後、秦の始皇帝陵を横目で見ながら兵馬俑坑博物館へ。約30年程前に付近の農民によって偶然発見された兵馬俑は現在も発掘調査が続けられており、第一俑坑から第三俑坑までは保存の為に巨大な建物をつくりその中にすっぽりと納められている。
兵馬俑坑の後は、著名な書道家の書が刻まれた多数の石碑が見られる碑林博物館へ。石碑の中には弘法大師について書かれたものやキリスト教について書かれたものもあって面白い。

華清池 兵馬俑坑の保護建屋
兵馬俑坑建屋内部 碑林博物館

夕食後、オプションで少数民族の舞踏を見るかどうか聞かれたが、昨日の事も有って希望者ゼロ。夕食は「徳発長」にて餃子宴。次々に出される餃子を食べながら、ステージで演奏される中国楽器による音楽を楽しむ。最後に演奏中の写真をもう一枚と欲張って撮ってすぐに再生してみたら『!!あれっ!!画像がない!』。それまでに撮りためた写真が全て消えてなくなっていた。以前にも同様の経験があったので後で何とか復活できるだろうと気を取り直しメモリーカードを新しいのと交換して夜景見物へ。長安城の南門の階段で20m近い高さの城壁に上がり、夜景を見ながら城壁上を30分ほど散策。その後、南門のすぐ近くに有る「長安城堡大酒店(全日空ホテル)」へ。

【長安城南門城壁上からの眺め】
西方向 東方向
北方向(南大街の先に鐘楼が見える) 南方向(宿泊した長安城堡大酒店)

2002-10/14(月)

朝起きてすぐにホテル付近を散策する。長安城南門前の広場や近くの寺の境内には付近の人々が集まって太極拳をしている。この街でも交通信号は殆んど無視されるので交差点を渡るのも命がけである。皆さん信号に関係なく好き勝手な方向へ泳ぐように進んでいるが、人と車の事故はあまりなく多いのは自転車と車の事故らしい。

【朝の光景】
長安城南門(北からの眺め) 長安城南門の南側に広がる新市街)

午前中は、三蔵法師がインドから持ち帰った仏像と経典を納めるために造られた大雁塔へ。1550年ほど前に5層で建設された塔はのちに即天武后によって10層に大改造されたものの、その後の戦乱で上部三層が破壊され現在は7層である。

大雁塔

大雁塔を下りて休憩中、皆が集まっているので話を聞くと同行した方がスリにやられたと言う。どうもトイレで手を洗っている時に、側にいた子どもが横からウェストポーチのジッパーを開け一瞬の間に財布を取って逃げたらしい。すぐに警官を呼び子どもも捕まえて調べたが分からないままだったらしい。カードは使用停止手続きをしたものの現金は戻らずじまい。危険とは聞いていたが身近で事件が起きると急に身構えしてしまう。

【大雁塔7階からの眺め】
東方向 南方向
西方向 北方向

昼食後、陝西省歴史博物館へ。陝西省で発掘された出土品11万点あまりを所蔵しているらしいが展示品はそのほんの一部である。一階は先史時代から周、秦代まで、二階は漢から魏晋南北朝にかけて展示されている非常に大きな博物館でまだ出来て間もないらしい。約一時間ほど見学し次の目的地桂林へ。
中国西北航空WH2307便で桂林へ着いたのは夕闇迫る18時。空港に着くと原色賑やかな椰子の木や花火のネオンでお出迎え。空港を出て桂林の街へ向かう道路は文字通り真っ暗で景色は見えないが、街に入るとまたもやネオンの椰子の木が。桂林の夜景は、街中が赤・黄・緑の信号灯のネオンに輝いていると思われるほどサイケデリックで、一言で言えば「街中、三色ネオンのパチンコ屋街」。素晴らしい自然の景観を売り物にしている街としては興ざめである。広西料理の夕食後、宿泊ホテル「桂林帝苑酒店」へ。

スモッグにかすむ西安空港 桂林空港前のネオン

2002-10/15(火)

朝ホテル前を散歩中に前を流れる川の対岸をみると、気温はまだ20℃以下と思われるなか数十人の人が水泳をしているが写真では見えるかどうか。岸には脱衣場も見える。そしてその同じ川で洗濯も。川の恵みをフル活用しているようである。

伏波山(川では水泳を) 同じ川で洗濯も

今日は桂林を流れる漓江をチャーター船で川下りだ。船に乗って間もなく絵葉書でおなじみのあの光景が眼前に広がる。思わず歓喜の声をあげてシャッターを押すが、行けども行けども両岸には同じ光景が続くので途中で写真を撮るのをやめて見物に専念する。フィルムカメラの方は何本フィルムを持って行っても足りなくなってしまうかもしれない。客室に降りると物売りがうるさいのでもっぱら屋上展望階で旅行気分に浸っていたが、あまりにも天気がいいので首の周りが日に焼けて赤くなってしまった。今晩はヒリヒリと痛むのではないかと一寸心配になる。

川下り 川下り

途中で一旦船から降りて鍾乳洞見物。川は広大なカルスト地形の中を流れていて川沿いに巨大な鍾乳洞(冠岩幽洞)がある。鍾乳洞の中を進むと中に船着場が有り途中からはボートに乗って洞内見物。ボートから降りたらエレベーターで山頂へ。そして山頂からはローラーコースターと呼ばれる二人乗りジェットコースターで一気に麓へ下る。速度は乗った人のブレーキ操作次第。結構スリルを味わえる。

冠岩幽洞の鍾乳石 ローラーコースターで一気に麓へ

麓からまた船に乗って川下りの続きを楽しむ。途中、川岸に群れる水牛や、水中に潜って水草を食べている水牛を何回も見かけた。

川下り 川下り
水牛の群れ 水草を食む水牛

川下りの後は桂林の街へ戻り「少数民族博物館」なる所へ案内されたが、これがまたインチキ臭い。博物館とは名ばかりで個人収集家が集めるよりも少ない収蔵品を並べ、最後は『少数民族保護費用捻出の為、仕方なく博物館所蔵品を今月末まで特別に販売する事にしています』と言っていた。それは上海の土産物屋にも並んでいるような品物だったし、確かに「歴史有る品物」とは一言も言っていなかったが、簡単に言えば博物館に名を借りた土産物屋である。桂林は風光明媚な素晴らしいところなのに、街では売り子が執拗に付きまとうし、チャーター船での食事中まで食卓に商品を持参して販売に来たり、搭乗手続きが済んだ空港待合室にワゴンを引いて売りに来たり、・・・と並べれば限がないほどの強引かつ執拗なその商売熱心さが観光客の反感を買うことを心配する。
今晩の宿は上海だが、夜10時過ぎのフライトなので、夕食は杉湖畔のレストランで食べ、それまでの間桂林の夜景を楽しむ。

夕食 杉湖畔の金の塔と銀の塔

桂林発上海行きの航空機は遅れに遅れ上海の着いたのは翌日の午前2時近く。ホテル「新錦江大酒店」に着いてシャワーも浴びずベッドへ直行。


2002-10/16(水)

昨晩夜中に上海に着いたので、今日は午前11時半から観光へ。そのため当初予定していたルートを大幅に変更し時間も短縮。午前中豫園を見た後、モンゴル焼肉店で昼食。野菜や4種類(鶏、豚、牛、羊)を選んで厨房に持って行くと、3人のコックが順番に調理してくれる。本来は豫園商場の散策も予定していたが時間がなく通過しただけ。

豫園 豫園
豫園商場 モンゴル焼肉のコック

午後は上海博物館へ。2時間の予定が時間不足で1時間に。駆け足でまわってもとても1時間や2時間で周れるようなところではない。兎に角一まわりをと思って素通りに近い見方で何とか一周。4階建ての博物館では展示品の撮影が全て自由、日本では到底考えられない。また日本語でのイアフォンガイドの貸し出しも助かる。
その後中国共産党発祥の地「淮海路」へ。おしゃれなフランス風の建物が並ぶこの一角は、当時の建物の壁だけを残し内部は新しく作り変えたと聞いた。

上海博物館 淮海路

上海の街には高層ビルが林立しとても東京などの比ではない。それは土地が国有なので古い建物は無条件で取り壊し新しいビルが建てられるからで、上海のガイドさんも立ち退きさせられ市街からバスで2時間もかかる郊外のアパートへ転居させられたと言っていた。

古いビルは次々に撤去される

夕食の上海海鮮料理をたべた後、上海雑技団見物へ。日本でもTVでお馴染みであったが実物は迫力が違う。前から数列目の席なので手も届きそうな程近くでの演技にただただ圧倒されっぱなしの2時間。途中から写真を撮るのも忘れてしまった。

雑技団の演技 雑技団の演技

雑技団見物の後は外灘へ夜景見物に。黄浦江沿いに有る租界時代に建てられたビル群の夜景、そして対岸には経済伸張著しい上海を象徴するような、SFの世界を連想させるユニークな建物群が。昨年のAPECも対岸に見える国際会議場で開催された。此処外灘は上海の観光スポットで岸には人々が溢れんばかりに集まっていた。

外国統治時代のビル群 浦東新経済開発区:新生上海の象徴

2002-10/17(木)

今日の予定は日本へ帰るのみ。上海発9時40分の中国国際航空CA929便で成田へ。午後2時前に成田空港に到着し、初めての中国旅行も無事お開きとなった。