エジプトの世界遺産

2006-06/19〜21 2006-06/26〜28 目 次

トルコツアーの案内を見ていたら、エジプトに立ち寄って「朝日に輝くピラミッド」も見ることが出来るというコースがあり、その宣伝文句につられて今回のツアー参加を決めた。
残念ながら『朝日に輝くピラミッド』を見ることは出来なかったが、ほんの一部とはいえ永年見たいと思っていたエジプトの古代遺産に触れられる機会が持てて一寸満足。


2006-06/19(月)成田〜カイロ

成田発15:30のエジプト航空MS965便がカイロに着いたのは現地時間で同日夜0時近く。 エジプトは今サマータイムで通常より1時間早めているため時差は6時間だから所要時間は14時間半近くもかかった事になり、時差の割には遠い国であると実感する。
空港で待機していたバスに乗ってカイロ市街を通過しホテルのあるギザの街へ移動する。 真夜中というのに殆どの店が開いていて、明るい照明の周りに沢山の子どもたちが遊んでいるのにまず驚かされた。 現地ガイドに聞くと『昼間は暑いので外へ出るのは禁止していて夜間に外出するように指導している』のだとか。
明日は早いので早々に風呂に入って寝る。

成田空港で




2006-06/20(火)ギザのピラミッド観光

『朝日に輝くピラミッド』を見るため、早朝5時にホテルを出発。 現地に到着してピラミッドがある方角を見るが真っ暗闇で何も見えず、薄暗い照明が細い路地を照らしているだけで人通りもない。 まだ薄暗い中スフィンクス正面にあるケンタッキー(KFC)の店の前で日の出を待っていると、目ざとく観光客の姿を見つけた土産売りが絵葉書を売りに来る。
ピラミッドの輪郭がうっすらと確認できるようになるまでおよそ30分も待たされたろうか。
しかし幾ら待っても朝日は昇ってこない。 場所を変えながら1時間ほど待っていたが朝日が昇る前にホテルへ引き上げる時間になってしまった。 もう一寸だったのにぃ・・・。

スフィンクス正面のKFCはまだ闇の中。 空には下弦の月も
ピラミッドとスフィンクスの姿がおぼろげに見えてきた

ホテルに戻って朝食を食べ少し休憩の後ギザのピラミッド観光に出発。 
日本にいたときは、見渡す限りの砂漠の中にピラミッドやスフィンクスだけが見えるものと思っていたが市街地の直ぐ傍に立っていたのは一寸意外だった。
クフ王のピラミッドの内部に入るためには切符を買わなければならないが、その売り場の分かり難い事、ピラミッド前の広場の片隅にポツンと建っている仮設トイレのような小屋が切符売り場。 個人で行ったのでは気付かないだろう。 入場できるのは午前中150人、午後150人の1日300名限定である。
入り口でカメラを預けて内部に入り薄暗く狭い通路を昇ってゆくと終点は少し広い部屋。 そこが王の棺の間だ。 棺の中を覗くとミイラ!!? 足元を見たらスニーカーを履いている? 悪戯好きの観光客が入り込んでいたのだ。
ギザとはカイロの大墓地に与えられた名前で約2千uのの範囲にスフィンクスとクフ王,カフラー王,それにメンカウラー王のピラミッドとその脇に小さなピラミッドが3基ある。 その中で最大のものがクフ王のピラミッドで高さ137mあるが外装石が完全に剥がれ落ちているので体力があれば頂上まで登ることも可能である。

ギザのピラミッド全貌
クフ王のピラミッド
大臣の墓
スフィンクス
右からクフ王のピラミッド,カフラー王のピラミッド,スフィンクス(手前)

砂漠の中に突然プレファブ状の建築物が見えてきた。 聞くと屋外歌劇場で毎年末にここで歌劇「アイーダ」が上演されるとか。 猛暑の砂漠だけど年末は涼しいのかな?
炎天下、肌を刺すような陽射しに首筋がひりひりとしてくる。 照り返しの激しい砂地に屋根もかけないで終日座っている土産物屋さんの身体ってどんな構造をしているのだろう。

野外歌劇場
サハラ砂漠
休憩するラクダ引き
みやげ物売り

ギザからカイロ市街に向かう道脇には屋上から鉄筋が突き出した建設中のような住居ビルが林立する。 人口が増えて建設ラッシュかと思ったら全てこの状態で完成形らしい。 理由を聞くと完成すると固定資産税が掛かるので建築中の形のままで居住しているとか。 日本でもその手が通用するといいが、残念ながらわが国では完成検査がすまない住宅には居住できない。
カイロの人々は教育熱心とも聞いた。 平均月収が1万数千円と言うのに昼も夜も働いて子どもに家庭教師をつけるという。 何とその家庭教師は子どもが通っている学校の担任教師だとか。 家庭教師の収入が教員としての給与の10倍にもなると聞くと何処かおかしいのではと思ってしまう。

永久に完成しない住居ビル

クフ王のピラミッドやスフィンクスなどを見たあとカイロの市内観光。
まず最初はカイロの象徴ムハンマド・モスク。 このモスクは1805年のエジプト人反乱時に総督になったムハンマド・アリによって1830年に建てられた。 大理石円柱の回廊で囲まれた中庭は52×54mで中央に清めの泉がある。 またモスクは41m四方で高さは52m、壁には大量のアラバスターが使われていて別名アラバスターモスクとも呼ばれている。

ムハンマド・アリモスク
内庭と清めの泉
モスク内部
モスク天井



モスクのテラスからはカイロの街が一望できる。
直ぐ横に見えるスルタン・ハサンモスクは1363年に完成したモスクである。

遠くギザのピラミッドも見える
スルタン・ハサンモスク

カイロのタクシーは白黒塗装、日本のパトカーか警備保障会社の車かと錯覚するほど良く似ている。 ○に傷持つ御仁はカイロのタクシーを見かける度にドキッとするのではないだろうか。
エジプト考古学博物館には沢山の石像や発掘品が陳列されているが一番の目玉はかの有名なツタンカーメン王の棺だろう。 黄金の棺は3重になっていてその内の二つがこの博物館に収められている。 黄金の棺は日本で開催されたエジプト展でも見たが、その棺は更に四重の箱に収められていたと言うのはこの博物館で初めて知った。 残念ながら博物館内部は撮影禁止なので写真で紹介する事は出来ない。

カイロ市街(白黒塗装はタクシー)
エジプト考古学博物館

ギザに戻って夕食を食べ終わった頃は既に午後8時近くであったがまだ太陽は西の空、レストラン前に見えるクフ王のピラミッドは夕陽を浴びて赤く染まっていた。


今日もギザ泊。PYRAMID PARK INTERCONTINENTALに2連泊だ。


2006-06/21(火)ギザ(エジプト)〜イスタンブール(トルコ)

ギザからカイロ国際空港へ向かう途中、カイロ駅前を通るとラムセス二世像周辺で何か工事をしているように見えたが、帰国後に新聞報道でギザの大エジプト博物館へ移転するための準備だったと知った。(8月25日移転完了)

カイロタワー
カイロ駅前のラムセス二世像

カイロ発12:40のエジプト航空機でトルコのイスタンブールへ移動する。

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