先島諸島と八重干潮

1999-04/14〜1999-04/16

 皆さんは先島諸島とは何処をさすのかご存知でしょうか。それは沖縄本島よりもずーっと南西にある宮古島、多良間島、石垣島、西表島など日本最南端に浮かぶ島々の総称です。
周囲を珊瑚礁に囲まれたこの島々は、1年を通じて観光客が訪れる大観光地ですが、最近はダイビングの中心地として特に有名になりました。
 その中でも宮古島の北10kmほどのところにある珊瑚礁は、1年に1度旧暦3月の大潮の日だけ突如として海面上に姿をあらわす現象=八重干潮(やえびし)と呼ばれる=で、日本中から観光客が詰め掛けます。
このコーナーはその幻の大陸に魅せられて旅をした時の記録です。

1999-4/14

午後1時半に羽田を発った飛行機は3時間ほどで石垣空港に着いた。そこからホテルに直行し荷物を置いて早速竜宮城鍾乳洞の観光に出かける。ここは隆起珊瑚礁の洞窟なので珊瑚やシャコ貝の化石が見える。洞の出口はハイビスカスやブーゲンビリヤそしてエンジェルトランペットなどの花が咲き乱れる庭園に続いている。アラマンダーの花を見るのは初めてだ。ここで夕食を食べてホテルに戻る。今日は石垣島泊だ。
ホテルの部屋から眼前に広がるコバルトブルーの珊瑚礁の眺めていると、南国に来たんだな〜っと実感が湧いてくる。
暗くなって来たので星を見に海岸へ散歩に出たが、街の照明が明るくてあまりよく見えない。

石垣の日の出 a.m.6:32


1999-4/15
西表島仲間川

朝、石垣港から出港した船は45分ほどで西表島の大原港に着いた。 そこからはバスで島内観光に向かうが、途中で仲間川遊覧ボートに乗り換えマングローブ生い茂る仲間川をさかのぼる。 恥ずかしい話だがここに来るまではマングローブを樹木の種類だと思っていた。

西表仲間川 サキシマスオウ
 

上流にある船着場でボートを降りてすこし歩くと樹齢400年と言われる天然記念物サキシマスオウの木が現れた。太刀魚のような奇妙な根が四方に広がっている。 再度ボートに乗ってバスの所まで戻る。バス停前にある巨木に鮮やかな紅の花が咲いているので近くの人に聞くとデイゴの木だと教えて呉れた。始めてみる木だがこちらには沢山あるという。
そこからバスを乗り継いで由布島への牛車乗り場へ向かう。

牛車

 蛇皮線に合わせて沖縄民謡を歌う御者の弾き語りを聞きながら牛車に揺られて潮の引いた海を進むと十数分で島に着く。
 由布島は周囲2km強の小さな島で全島をゆっくりと一周しても1時間掛からなかった。


竹富島

次はフェリーに乗って竹富島へ向かう。
竹富島では水牛車に乗って島内観光したが年老いて力の落ちた水牛に鞭打って無理やり引かせる姿は痛々しい。
竹富島からフェリーで石垣島へ戻り、空路宮古島へ向かう。
 今夜は宮古島泊だ。  折りしも、今年の高校選抜野球甲子園大会で沖縄尚学高校が優勝した直後であり平良市はお祭りムード一色で道路には垂れ幕が下がりレストランにも特別メニューが用意されていた。


1999-4/16
八重干潮 八重干潮

今日はこの旅の主目的である八重干潮観光の日で、港は朝からあわただしい。
年に一度のお祭り行事とあって全てのフェリ−を観光客の運送用に振り替えるので、普段は車両を乗せるスペースもすべて観光客で埋まることになる。しかし一隻のフェリーに400人近くもの客を詰め込むのでゆっくりと座れる場所どころか通路の確保さえ難しい。 日陰の場所取りに失敗するとジリジリと射し込む熱射には10分も耐えられない。 日陰を探して下へおりるともう宴会が始まっていた。 泡盛と刺身が振舞われ蛇皮線の音に沖縄民謡と踊りが渦巻いている。聞くところによると地元の人でも八重干潮へは中々行けないらしくこの日が来るのを楽しみにしていると言っていた。 1時間半ほどで目的の珊瑚礁に着いた。 足袋を履いてズボンのすそをまくって幻の島に上陸するが、毎年観光客に踏み荒らされたせいか期待していた珊瑚礁とは大分イメージが違う。 現地では観光か自然保護かで議論が続けられているらしいが結論を出すのは難しいと言っていた。 ただ、観光客を降ろす場所は限定されているので周囲の珊瑚礁ではなんとか自然のままの姿が保たれていると言っていたのが救いだ。 嬉しさと罪悪感とが錯綜した1時間であった。


1999-4/17

平良市熱帯植物園や蝶の楽園みやこパラダイスなどの宮古島観光をしながら池間島に渡る。 島とは言っても池間大橋で宮古島と結ばれているので陸続きと変わらない。ここはトライアスロンのコースらしい。
橋からは遠くに立ち並ぶ発電用風車が見え、ダムを作れない宮古島を実感する。

風力発電


宮古島最東端にある東平安名崎では草原一面に白い鉄砲ゆりが咲いていたのが印象に残った。

東平安名崎 東平安名崎


あとは宮古空港から飛行機に乗って一路羽田へ。
あわただしい4ヶ日間であった。